はじめに


はじめまして。NPO法人日本シニアデジタルサポート協会 理事長/看護師の玉井知世子です。私たちのビジョンは、「孤立をなくし、ぬくもりが循環する社会をつくる」ことです。

年齢や立場に関係なく、誰もがひとりぼっちにならない社会。

デジタルを使えないことによる孤立も、
心が揺れやすい時期にデジタルと向き合うことで生まれる孤立も、少しずつ減らしていきたい。

 

人と人とのあたたかなつながりが、日常の中で自然に広がっていく。

そんな社会を目指しています。ぬくもりが循環するとは、誰かに支えられた人が、やがて誰かを支える側になること。

 

その循環を広げるために、
私たちは「デジタルを安心して活用できる学びを届け、世代を超えて心がつながる仕組みを広げる」ことをミッションとしています。

子どもから高齢者まで。
誰もが安心してデジタルを使えること。

便利さを競うのではなく、
デジタルを通して人と人がつながり、
心の豊かさが育まれていくことを大切にしています。

そして今、私たちは高齢者の孤立と、子どもたちの孤立、その両方に向き合っています。この形にたどり着いたのは、NPO法人を設立してから3年目のことでした。けれど、団体の始まりはもっと前にさかのぼります。

すべては、一人のおばあさんとの出会いから始まりました。

 

少し長くなりますが、デジサポが生まれる前から現在に至るまでの歩みを、物語としてお読みいただけたら嬉しいです。


Aさんとの出会い


私は訪問看護をしていました。

ご自宅で暮らす高齢者のもとへ伺い、医療的なケアや健康管理を行う仕事です。

そこで出会った、80代後半のAさんのことを、今も忘れられません。

 Aさんは一人暮らしでした。昔は友人と電話で話すのが楽しみだったそうです。けれど、その友人が認知症になり、会話が成り立たなくなってしまった。デイサービスに行っても、話が合う相手がいない。気づけば、一日のほとんどを一人で過ごす日々。 お子さんは遠方。転倒すれば骨折につながる持病もあり、体力も落ち、外出は難しい状態でした。関わる人は、ほとんどが医療や介護サービスのスタッフ。けれど、それは決められた時間内で、決められた支援を行うことで精一杯。「ゆっくり誰かと話す時間」は、そこにはありませんでした。

ある日、Aさんがぽつりと言いました。

「食事もね、ひとりだと味がしないの」

寂しさから、食欲も落ちていったのです。

そんなAさんが、ある時から、訪問の終わりに必ず焼き菓子を出してくださるようになりました。本来、訪問看護は“お客さん”ではありません。一緒にティータイムをすることは制度の中にはありません。Aさんはこう言いました。「あなたが食べている姿を見るとね、私も自然にフォークが進むの。

あなたが話してくれるとね、私も楽しいの。こうやって一緒にお茶をする時間が、私の楽しみなのよ」その言葉を聞いたとき、私ははっとしました。 『一人暮らし。』聞き慣れた言葉だけれど、毎日一人で食べる食事は、どれほど寂しいだろう。外出できなければ、出会える相手も限られる。会話できる時間も、ほんのわずか。この“ティータイム”そのものが、Aさんの幸せになっていたのです。

医療や介護保険では、その寂しさは対象になりません。制度では支えきれない孤立が、そこにある。  それが、私の原点です。


こんなサービスがあったらいいのにな。


Aさんの家には、大きなテレビがありました。

そのテレビをふと見上げたとき、思ったのです。

もしこの画面に、Aさんと同じように一人暮らしの人たちの顔が並んでいたら。

「今日は何食べるの?」
「お薬飲んだ?」
「それ美味しそうね」

そんな何気ない会話をしながら、みんなで一緒に食事ができたら。きっと食事の量も増える。きっと笑顔も増える。“ひとり”の時間が、楽しさに変わっていく。テレビの向こうに、誰かがいる。それだけで、日常は変わるのではないか。こんなサービスがあればいいのに。そう思ったのは、2017年のことでした。けれど当時の私は、訪問看護師として毎日フル回転。目の前の利用者さんに向き合うことで精一杯でした。新しいことを始める余白も、仕組みを考える時間も、私にはありませんでした。「あったらいいのにな」そう思いながら、その想いを胸の奥にしまい込んでいたのです。


世界が止まったとき、私の心は動き出した


2020年、世界をコロナが襲いました。

外出ができない。会えない。 触れられない。それまで当たり前だった日常が、音もなく奪われていきました。多くの人が孤独を感じ、人とつながる手段としてZoomが広まりました。私も友人に誘われ、初めて使ってみる事に。正直に言えば、初めは「難しそう。私にできるかな」そう思いました。でもーーー つながった瞬間、画面の向こうに笑顔の友人がいました。画面越しなのに、一緒の場所にいるような感覚。「乾杯!」の声に心が弾み、お酒もすすみ、ご飯も美味しい。移動しなくても、自宅からこんなに気軽に、楽しい時間に参加できる。ちょうどその頃、私は看護師人生を見つめ直す時期に来ていました。忙しさに追われる毎日の中で、「このままでいいのだろうか」そんな問いが、心の中に生まれていたのです。「Aさんのときにこんなサービスがあればいいのに」そう心に思い描いた、あの風景。画面の向こうに人がいて、一緒におしゃべりしたり食事ができる時間。スマホとZoomを使えば、あの時間を現実にできるかもしれない。」2017年に胸の奥へ仕舞い込んだ想いが、4年越しに沸き起こりました。あれから4年。まだ誰も形にしていないのなら、私がやるしかない。これは私の人生のミッションだ。 そう思い、訪問看護は退職し、本気でこの道を選びました。 


最初の一歩は、手探り状態


チラシを作り、Zoomのホストの練習もしました。

でも、気づいたのです。Zoomが使えるシニアは、ほとんどいない。

「やりたいけど、入れない」まさにデジタルデバイドの現実にぶつかりました。

だから私は、方向を変えました。

Zoomに挑戦するためのスマホ教室を開こう。パソコンよりも、まずは多くの方が持っているスマホから。

500円で開催した教室は、

コロナ禍ということもあり、満席。
キャンセル待ちが出るほどでした。

そこで操作を覚えた方が、
少しずつオンラインの場に参加して下さるようになりました。

最初の参加者は、3人。時には2人。4人。

小さな、小さな始まりでした。

私はその場所を「アラカンスクール」と名づけました。
アラウンド還暦から輝く学校。

Aさんの事があったので、
みんなで楽しく食事ができたらと思い設計したオンライン昼食会は
「たいしたもん食べてないのに恥ずかしいわ」と参加希望者はなし。

体操の時間は一部の方には人気がありましたが、それだけでは人生の豊かさには欠けるきがする・・・。

そして残ったのが、「学級会」。参加者に聞くと「何かわからへんけど面白そう」。

その好奇心が、人を集めました。そこが一番あたたかい場所になっていたのです。


スマホで置き去りになる人たちがいた


オンライン学級会を続ける中で、私は別の声を聞くようになりました。

「楽しそうやけど、スマホがわからへん」「押したら変なとこ行きそうで怖い」
「Zoom以前に、スマホが使えない」オンラインの楽しさを知る以前に、その入口に立てない人たちが、たくさんいたのです。“楽しさ”は、使える人にしか届かない。

だったら、まずその手前を支えないといけない。そう思うようになりました。

そして私は、スマホ教室を始めることにしました。シニアクラブ・民生委員さんの集まりなど、色々な場所に呼んでいただきました。それは、学級会を広げるためではなく、“取り残されている人”を置いていかないために。参加者からは「とても分かりやすい」そんな声をいただきました。

スマホが少しずつ安心して使える様になった方からは、「孫の写真を送ってもらえた」

「友達と連絡がとりやすくなった」そんな言葉が返ってくるようになりました。

その変化を目の前で見て、私は確信しました。

スマホは、高齢者にとって電話だけで終わらせてはいけないものだと。

人との距離感を少し短くし、孤独をやわらげ、笑顔を増やし、人生をさらに豊かにしてくれる存在。使えなくて困っている高齢者を、支えたい。そう強く思いました。


一人の活動から、チームへ。想いを、仕組みに変える。


そんな頃、東京都に住むケアマネジャー、千葉県に住む社会福祉主事と出会いました。

それぞれの現場で高齢者と向き合いながら、私と同じように「スマホが使えないことで、孤立してしまう高齢者がいる」という現実に、心を痛めていた仲間たちでした。

「これは、一人で続ける活動ではない」「同じ想いを持つ人たちと、広げていく必要がある」

そう話し合い、私たちは任意団体日本シニアスマホスクール協会を立ち上げました。

同時に、看護師だからこそできる高齢者の特性に配慮したスマホの教え方をスライドやプログラムとして整理し、全国で同じ想いの講師を募り、質の高いスマホ教室が各地で届けられるようスマホの認定講師制度をスタートさせました。

私はもう、一人ではありませんでした。 仲間と一緒なら、きっと届けられる。
そう信じて、私たちは次の一歩を踏み出しました。


想いを、社会に根づかせるために


任意団体として活動を続ける中で、
10名を超える認定講師が同じ想いで集まってくれました。この活動を、個人や一時的な取り組みで終わらせるのではなく、
「孤立をしないためのデジタル活用」を社会に根付かせていくために、2023年4月25日、
NPO法人日本シニアデジタルサポート協会

として、新たなスタートを切りました。


誰でも参加できる、オンラインの居場所へ


アラカンスクールとして始まったこの取り組みは、続ける中で、少しずつ形を変えていきました。ただのおしゃべりではない。ただ集うだけでもない。四季折々のテーマで語り合い、
ときには好奇心を刺激する学びも取り入れる。まるで小学校の時間割にあった「学級会」のように、自由で、あたたかく、つながりを感じられる時間にしたい。そんな思いから、「オンライン学級会」という名前が生まれました。オンライン学級会は、誰でも、いつからでも参加できるオンラインの居場所です。

オンライン学級会は、少しずつ参加者の暮らしの中に根づいていきました。

「第1・第3木曜日は学級会の日だから予定をあけておくね」と楽しみにしてくださる方もいれば、「今日は時間ができたからのぞいてみたよ」とふらっと参加される方もいます。申し込みも欠席連絡もいらない。ただそこに行けば、『誰かがいる』 。そんな場所になっていきました。

60代、70代の方は新しい刺激を求めて参加し、またリアルな世界へと羽ばたいていく。80代、90代の方にとっては、ここが”通いの場”となり、『所属できる場所』になっていきました。参加者の中には、娘さんにすすめられて、最初は親子で一緒にZoomに参加される方もいます。デジタルが得意でなくても参加できるように設計し、まずは「参加する」ことから。次におしゃべりを楽しみ、やがてZoomのリアクションやチャット、アンケートにも自然と答えられるようになっていきます。参加を重ねるうちに、デジタルは“難しいもの”から“使えるもの”へと変わり、その便利さで、さらにこの場を楽しんでくださるようになりました。この場所は、ご本人だけでなく、見守る家族にとっても、安心できる居場所になっています。

「もっと早く知りたかった」、「ここに来ると元気が出る」そんな言葉が少しずつ増えていきました。2026年2月現在、オンライン学級会は104回開催。延べ807名の方が参加されています。全国各地から、そして時には海外から。小さな画面の向こうで、世代も地域も越えて、人と人がつながっています。


もう一つの課題に気づいた


オンライン学級会が少しずつ根づいていく中で、私はもう一つの問題に気づきました。
それは、子どもたちの世界で起きている、見えにくい苦しさです。

最近、ニュースでも、子どもがSNSトラブルに巻き込まれる話題を目にすることが増えました。警視庁の調べでは、子どもを狙った犯罪は年間およそ2,000件とされています。
けれど、それは氷山の一角にすぎないと、私は感じています。犯罪として表に出るのは、ほんの一部。その下には、誰にも言えず、心の中で苦しんでいる子どもたちがいる。

私自身、一人の母でもあります。
娘が12歳でスマホを持ち始めたとき、学校では「こういうことはしてはいけない」という指導も受けていました。けれど、それはどこか他人事で、実際に自分の身に起こることとしては捉えられていなかったように感じました。周囲のお母さんたちからも、同じような悩みの声をたくさん聞きました。子どもが何かを抱えていそうだけれど、親には言えない。トラブルが起きて初めて、大人が知る。そんなケースも少なくありません。ここで私は、ある共通点に気づきました。

高齢者の孤立と、子どもたちの孤立。向き合っていく中で、私はある違いと、そして共通点に気づきました。高齢者の孤立は、人とのつながりが少しずつ失われていくことから始まる孤立。一方で、子どもたちは、デジタルで人とつながっているはずなのに、そのつながりの中でトラブルが起き、誰にも言えず、ひとりで抱え込んでしまう孤立。

つながれない孤立と、つながりすぎることで起こる孤立。

形は違っても、どちらも「ひとりになる」構造は同じでした。


SNSトラブルには2つの側面がある


①見えにくい心の追い込み

じわじわと心を追い込んでいく孤立の連鎖です。悪口を書かれる。スクリーンショットが広まる。グループから外される。相談できる子もいれば、できない子もいます。相談できないまま抱え込むと、少しずつ心が疲れていく。友達との関係そのものがつらいものになっていく。学校に行きたくなくなる。

体調に変化が出てくることもあります。けれど原因は、親には伝わらない。「ちゃんと学校に行きなさい」と言われ、さらに追い詰められてしまうこともあります。親が気づいたときには、もう深く傷ついている。そんなことも、決して少なくありません。

②知識不足から起こるなリスク

知識不足から起こる“取り返しのつかない出来事”です。知らない人とつながる。承認欲求から写真を送ってしまう。パスワードを教えてしまう。友達に頼まれて課金してしまう。そのとき子どもは、それがどんな結果を生むのかを想像できていません。写真がどう悪用されるのか。デジタルタトゥーが消えないということ。お金の重み。事が大きくなってから親が知る。「もう消せない。」「もう取り戻せない。」だから私は思うのです。これは「気をつけよう」と言うだけでは防げない問題です。


デジタル時代の子どもたちに、本当に必要なこと


 必要なのは、知識をたくさん覚えることではありません。危険を並べて教え込むことでもありません。まずは、ある子どもに起きたスマホトラブルの物語を知ること。そして、その物語の中で何が起きていたのかを考えることです。

「なぜその行動を選んだのか。」「どんな気持ちだったのか。」「もし違う選択をしていたら、その先にはどんな未来があったのか。」SNSの世界では、最初は小さなやりとりに見えても、気づかないうちに大きな問題へと発展することがあります。だからこそ必要なのは、「その後」を想像する力です。

今この行動を選んだらどうなるのか。自分はどう感じるのか。相手はどう感じるのか。

子どもたちが物語を通して考え、対話を重ねる中で、自分自身の選択を見つめ直していく。そうした経験こそが、デジタル社会を生き抜く力の土台になると、私は考えています。


そのために生まれた「ここスマ」


そうした学びの形をつくりたいと考え、開発したのが「ここスマ」です。

ここスマは、小学生が自然と参加したくなる、ゲーム性を取り入れた対話型の教材です。

ただ話を聞くだけではなく、物語の世界に入り込みながら、自分たちで考え、言葉を選び、対話を重ねていきます。

 言葉にできないモヤモヤした気持ちは「気持ちカード」から選びます。どの言葉がいちばん近いだろうと考えることで、自分でも気づいていなかった感情が見えてきます。

そして「勇気カード」を使い、あのときどんな選択ができただろうかを話し合います。もし違う勇気を選んでいたら、その先の未来はどう変わっていたのか。対話を重ねる中で、子どもたちは“選択が未来をつくる”ことを体験します。正解を教える教材ではありません。子どもたち自身が考え、感じ取り、気づきを積み重ねていく教材です。そしてこの学びは、一部の学校や一部の子どもたちだけのものではなく、今のデジタル社会を生きるすべての子どもたちに必要なものだと、私は感じています。だからこそ、ここスマをもっと多くの子どもたちに届けていく必要があります。


孤立をなくす、その先へ


私たちの活動は、ひとつの課題を解決して終わるものではありません。単にスマートフォンの使い方を教える団体でもありません。

デジタルを通して、人と人とのつながりを取り戻し、支えられた人が、やがて誰かを支える側になる。その循環を、社会の中に根づかせていくこと。
それがNPO法人日本シニアデジタルサポート協会の挑戦です。

ぬくもりが循環する社会へ。私たちは、これからも一歩ずつ歩み続けます。


デジサポの未来を応援してください。


デジサポの未来を、一緒に支えてもらえませんか。
この物語の続きを、ともに進めていけたら嬉しいです。

みなさんの力が、確かな未来を動かします。